2012年11月17日
トリーター:北嶋・根本

ユウレイふたたび


これは、きのうトリーター根本が書いた力作のトリーター日誌。
に、かぶせて北嶋が書き足しました。と、いうのも訳があるのです。ぜひ最後まで読んでください。待ちきれない方は最後からでも。ではどうぞ。

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今週のおすすめ

11月 15日の朝、江の島の定置網からやってきたユウレイイカは搬入後翌日死んでしまいました。≪非常に残念でしたが、実は・・・最後までお読みください(北嶋)≫しかし、この個体は今回ユウレイイカの名前を大きく広めてくれました。

新聞、テレビやインターネットで話題をさらった、“えのすい”初の「ユウレイイカ」が搬入された時のお話を紹介したいと思います。
なかなか、ひと騒動でした。

ユウレイイカが搬入された朝、飼育員みんなが注目していたのは別のイカの「ソデイカ」でした。
この日は飼育員が夜中に小田原の方の定置網漁に乗船し、成長すると人間の5歳児くらいのサイズになるソデイカの子ども(約 20cm)を採集し搬入していたのでした。「珍しいね!」と騒いでいる中でユウレイイカは運び込まれたのですが当初その存在はソデイカ騒ぎの陰に隠れてしまっていました。

私が担当の深海の開館準備をしながら、ソデイカ騒動に耳を傾けていると、どうやら、つい先ほどユウレイイカも江の島の定置網で採れて搬入されたらしいとのこと。

「ユウレイイカ? 標本は見たことあるけど・・・、どうなんだろう?珍しいのかなぁ?」

生きたものなど見たことがなかった私は色々と思いを巡らせつつ収容場所を聞いてみると、
「トリートメントタンクにソデイカと一緒にいるよ、もうだいぶ弱ってるけど・・・」とのこと。
見てみると、ギュンギュン泳ぐソデイカの横でヒョロッとした細いイカがホロホロと漂っていました。
「へー、これがユウレイイカかぁ、きれいだね、標本と全然イメージ違うなぁ」
なんて見ていましたが、私の眼にはそれほど弱っているようには見えません。ヒレもよく動かしている。体も透き通っている。もしかしたら頑張ればイケるのでは・・・?

上司いわく新江ノ島水族館ではこれまで搬入された例はないとのこと。ネットで調べても他の水族館でも飼育した記録はほとんど出てきません。標本はいくつも存在するけれども生きたものというのは相当珍しいことが段々わかってきました。
こうなるとムラムラとやる気がみなぎってきます!珍しいものを展示に出してみたいと思う飼育員の本能に火が付きます。

しかし、ここでいつもの葛藤が始まります。
こういう貴重な生物が入ると、ついつい観察しやすくストレスの少ないバックヤードで大事に飼育したくなってしまうものが飼育員の性なのです。
「でもそれでは水族館で飼育する意味があるのか?展示すべきでは?」
「とはいえ、元気が回復するまで安静な場所で飼育するべきでしょ?」
「しかし多くの方に貴重な姿を見ていただけるよう努力するのが水族館の使命だよね?」
「そうはいってもいきなり展示水槽に出すのも乱暴では・・・。」
「いやでも、クズグズしていて裏で死なせてしまったらこの生物を世に出すチャンスも失ってしまうのでは?」
「どうするかぁ・・・」

午前中作業しながらいろいろと自問自答した結果、「ここまで来たらみなさんに見てもらって、このようなイカが世の中に入るのだということを知ってもらおう!」と思い切り、展示水槽で公開することにしました。

ユウレイイカは深海イカ。水温が下がるこの時期にはこのような深海生物が表層までやってくることが多く、このイカもきっとその一例だと思います。こういう深海生物は総じて弱っていて長く生かす事ができないことが多いのですが、それを復活させて飼育するのが深海を担当する飼育員の夢であり永遠の課題なのです。弱っていると最初から諦めちゃダメなのです。ダメ元でできる限りのこと、思いつくベストな方法をやり抜くしかありません。

とりあえず収容されたトリートメントタンクの水温が海と同じ水温で約 20℃。本来ユウレイイカがいる水深は 200~ 600m。相模湾だと 10℃から 5℃、ただ、相模湾はユウレイイカの生息場所では北限あたりに位置するとのことですので、南方の温度を参考にすると、18℃~ 5℃くらいの温度域で暮らしているハズ。採集された水温と本来いるべき水深の水温のどちらに合わせれば正解なのかはわかりません。頼るのは感です。「とりあえず冷やす!」ことに決定。

トリートメントタンクから水ごとバケツですくっていると、バケツを持つ手に吸盤で絡み付いて来るではないですか!「おー!なかなかじゃないか!」と元気さに喜びつつ、吸盤をそっと外し、手を引き抜き運搬開始。
展示に使用できて解説などを開館中に何とか用意して変更できる水槽はただ 1つ。ハシキンメやエビスダイすむクラゲファンタジーホール横の水槽。ただそのまま出したら食べられてしまいますので、狭くて少しかわいそうですが、透明な容器に隔離し、ポンプで中に水を送り狭いながら飼育する方法を選択。
ゆっくり水を合わせてやり容器に収容すると、足を上にして、ひれのある方を下にした縦に逆さまになった状態で静止するではないですか。「こ、これが、このイカの通常な姿なのだろうか・・・?」

こういう時に便利なのが国際海洋環境情報センター(GODAC:ゴーダック)。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の潜水船などで撮影した深海生物の動画を見ることができる機関のwebサイト。
さっそくユウレイイカを探してみると 2件ヒット。見てみると・・・、ちゃんとイカらしく横になって泳いでいます。縦はやはりおかしいのか? とはいえ無理やり水流等で姿勢を作るというのは、サクラエビ飼育法研究の際に「中心層の深海生物は無理やり水流で姿勢を整えようとしたら失敗する」ということを思い知っているので、ここは我慢して見守っていると、そこそこ良さげな姿勢になってきたではないですか!
よしよしと安心し、次は解説作成とリリース文書作成です。「わかりやすく尚且つインパクトのある短くてキャッチーなフレーズを・・・」など頭をひねりながら書き上げ、あとは多くの方に見てもらえるよう祈るばかりでした。

実は、ここまでみなさんの話題に挙げていただけるとは思いませんでした。本当にありがたいことです。我々の力量不足で今回の個体は長く生かすことはできませんでしたが、きっと次回はこの経験が生きるはずです。
このイカは本来、目や腕から光を放つイカです。いつの日かその光る姿をご覧いただけるようこれからもがんばっていきたいと思います。少しずつ未知なる生体の解明に近づけていければと思いますので、期待していてください!

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ここまでが、根本トリーターのお話し。

ここまで取り上げてもらったユウレイイカ。「次回の、この経験が生きる日」はすぐにやってきました。
昨夜、ほとんどスタッフが帰った夜 20時過ぎ、“えのすい”へ一本の電話がかかってきました。なんと、熱海からです。「スルメイカ狙いで釣りをしていたらユウレイイカが釣れました。」
!!!!!
急いで、魚類チームリーダーが車を走らせユウレイイカをお迎えへ。

釣りだったためか、からだがきれいでなかなか良い状態です。泳ぎも 1匹目のユウレイイカより少し違い落ち着いています。
ユウレイイカは再び、“えのすい”へやって来てくれました。ニュースなどでたくさん取り上げてもらったおかげですね。一日でも長くとりついていてほしいです。
きのうよりも広い水槽で、生きて泳いでいる姿をぜひ見に来てください。

[お知らせ]
ユウレイイカ(生体)の公開は 11月 19日(月)をもちまして終了いたしました。
展示エリア「深海Ⅰ」にて、ユウレイイカの標本を公開しています。

2匹目のユウレイイカ2匹目のユウレイイカ1匹目のユウレイイカ1匹目のユウレイイカ

深海Ⅰ-JAMSTECとの共同研究-

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