エコロジー
2023年12月01日

マツバクラゲ属の 2種(エイレネクラゲ・コブエイレネクラゲ)について情報をまとめ、論文を作成しました

新江ノ島水族館と鶴岡市立加茂水族館は、アメリカの海洋調査探検隊(Ocean Research Explorations)、ハワイ太平洋大学(アメリカ・ハワイ州ホノルル)、ワイキキ水族館とともにおこなった共同研究で、マツバクラゲ科のマツバクラゲ属(Eirene)、特に日本でも出現するエイレネクラゲとコブエイレネクラゲの2種について、統合分類学と生物地理学的なアプローチによって厳密な同定をおこない、これらの基礎的な情報(形態・生態・遺伝子・分布)をまとめた論文を作成しました。

クラゲは成長にともない、さまざまな形態(ポリプ・メデューサ)を持つため、種の同定には完全な生活史の把握が必要です。また、ヒドロ虫類は近縁なもの同士の形態の差が小さい場合が多く、世界中で誤同定が頻発しています。その中で、さまざまな情報を扱い(統合分類学)正確に種同定をするということはとても重要な作業になっています。
水族館には「調査・研究」と「種の保存」という大切な役割があります。本研究で使用した2種もそうですが、生活史を把握し、かつ産地のはっきりとした遺伝子データを提供できるということが、個々の種の地理的分布のみならず、その先のテーマである「侵入(所謂外来種問題)」や「拡散」などを調べる際にとても役に立ちます。
本論文は今後マツバクラゲ科やその近縁のグループの研究をおこなう上で、とても重要なものとなります。

<本研究成果のポイント>
●クラゲはヒドロ虫綱、鉢虫綱、箱虫綱、十文字虫綱の4つのグループに分類されます。
今回、ヒドロ虫綱に属するマツバクラゲ属の2種(エイレネクラゲとコブエイレネクラゲ)について厳密な同定をおこない、基礎情報をまとめ、論文を作成しました。
●本研究は、オンラインで国境を越えておこなわれたものです(2023年10月5日に学術雑誌「Zoological Studies」で掲載)。特にOcean Research Explorationsとハワイ太平洋大学は2022年にも共同研究を行いました(ギヤマンクラゲTima nigroannulataの再記載)。
●新江ノ島水族館と鶴岡市立加茂水族館は、日本産のエイレネクラゲとコブエイレネクラゲの標本を提供し、研究に貢献しました。
●本研究によって、コブエイレネクラゲが野外で採集されたことが初めて証明されました。また、この種が中国から日本、そしてハワイにまで侵出している可能性が示唆されました。


<研究の背景>
現在4,000種前後が確認されているクラゲ類の中には、見た目で種を見分けるのが難しいものがたくさんあります。その中でもヒドロ虫類のマツバクラゲ科の種は同定が特に難しいとされており、各地で基礎的な情報である形態や遺伝子、地理的分布情報の混乱が生じることで、過去に何件かの誤同定も起きています。未来に向けて情報を積み重ねるためには、形態・生態・分布・遺伝子などの基礎的な情報を整理することがとても重要です。
マツバクラゲ科、マツバクラゲ属は日本ではエイレネクラゲ Eirene menoni、コブエイレネクラゲ Eirene lacteoides、マツバクラゲ Eirene hexanemalisの3種、未同定種の1種の出現が報告されており、本研究では、その中でもエイレネクラゲとコブエイレネクラゲの2種について、最新の情報をまとめました。

<今後の展望>
今回は上記の2種についてまとめましたが、同じような誤同定が他の種やグループでも頻発していることが考えられます。どんな生き物でもそうですが、新しいことを発見する事(新種記載など)とともに、本研究のように、過去のデータを振り返り、より正確な情報の積み重ねがおこなえるようにしていくことはとても重要です。今後も世界に目を向け、多種のクラゲを扱う私たちだからこそできる研究に着手していきたいと考えています。

<発表論文について> 掲載誌:
Zoological Studies (2023年10月5日 オンライン上で公開)

論文タイトル:
Integrative Systematics and Biogeography of the Hydrozoans (Leptothecata: Eirenidae) Eirene menoni Kramp, 1953 and Eirene lacteoides Kubota and Horita, 1992 from Japan and China with Comments on Pacific Ocean istributions
(ヒドロ虫類(軟クラゲ目:マツバクラゲ科)の統合分類学と生物地理学:日本と中国からのEirene menoni Kramp, 1953およびEirene lacteoides Kubota and Horita, 1992に関する研究と太平洋分布に対するコメント)

著者:
Gerald L. Crow, Brenden S. Holland, Gaku Yamamoto, Shuhei Ikeda, Aya Adachi, and Kelley Niide
(Gerald L. Crow[1]、Brenden S. Holland[1][2]、山本 岳[3]、池田 周平[4]、足立 文[3]、Kelley Niide[5] )
[1] アメリカ海洋調査探検隊 (Ocean Research Explorations)
[2] ハワイ太平洋大学(アメリカ・ハワイ州ホノルル)
[3] 新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)
[4] 鶴岡市立加茂水族館(山形県鶴岡市)
[5] ワイキキ水族館(アメリカ・ハワイ州ホノルル)

エイレネクラゲ
学名: Eirene menoni  傘形 約 2cm

1928年12月5日にオーストラリアで発見され、最初の標本はイギリス、ロンドンの自然史博物館に寄託されました。エイレネクラゲは他にも中国、日本、韓国、ベトナムからも野生個体が発見されており、インド太平洋に広く分布します。日本の太平洋側では毎年夏から秋にかけて普通に見られます。
繁殖に成功している種類で、展示されることも多いクラゲです。

コブエイレネクラゲ
学名: Eirene lacteoides  傘形 約 3cm

1992年に鳥羽水族館の水槽内で発見され、久保田氏と堀田氏によって新種として記載されました。
その後各地の水族館で普通に飼育されている種であるものの、日本では野外で発見されることがなく、「水族館でしか発見されていない謎のクラゲ」とされていました。
しかし、本研究により中国で採集されたコブエイレネクラゲの遺伝子がTima formosa(ギヤマンクラゲの仲間)として誤って登録されていたことが判明し、野外でも発見されていたことがわかりました。

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