新江ノ島水族館と鶴岡市立加茂水族館は、アメリカの海洋調査探検隊(Ocean Research Explorations)、ハワイ太平洋大学(アメリカ・ハワイ州ホノルル)、ワイキキ水族館とともにおこなった共同研究で、マツバクラゲ科のマツバクラゲ属(Eirene)、特に日本でも出現するエイレネクラゲとコブエイレネクラゲの2種について、統合分類学と生物地理学的なアプローチによって厳密な同定をおこない、これらの基礎的な情報(形態・生態・遺伝子・分布)をまとめた論文を作成しました。
クラゲは成長にともない、さまざまな形態(ポリプ・メデューサ)を持つため、種の同定には完全な生活史の把握が必要です。また、ヒドロ虫類は近縁なもの同士の形態の差が小さい場合が多く、世界中で誤同定が頻発しています。その中で、さまざまな情報を扱い(統合分類学)正確に種同定をするということはとても重要な作業になっています。
水族館には「調査・研究」と「種の保存」という大切な役割があります。本研究で使用した2種もそうですが、生活史を把握し、かつ産地のはっきりとした遺伝子データを提供できるということが、個々の種の地理的分布のみならず、その先のテーマである「侵入(所謂外来種問題)」や「拡散」などを調べる際にとても役に立ちます。
本論文は今後マツバクラゲ科やその近縁のグループの研究をおこなう上で、とても重要なものとなります。
<研究の背景>
現在4,000種前後が確認されているクラゲ類の中には、見た目で種を見分けるのが難しいものがたくさんあります。その中でもヒドロ虫類のマツバクラゲ科の種は同定が特に難しいとされており、各地で基礎的な情報である形態や遺伝子、地理的分布情報の混乱が生じることで、過去に何件かの誤同定も起きています。未来に向けて情報を積み重ねるためには、形態・生態・分布・遺伝子などの基礎的な情報を整理することがとても重要です。
マツバクラゲ科、マツバクラゲ属は日本ではエイレネクラゲ Eirene menoni、コブエイレネクラゲ Eirene lacteoides、マツバクラゲ Eirene hexanemalisの3種、未同定種の1種の出現が報告されており、本研究では、その中でもエイレネクラゲとコブエイレネクラゲの2種について、最新の情報をまとめました。
<今後の展望>
今回は上記の2種についてまとめましたが、同じような誤同定が他の種やグループでも頻発していることが考えられます。どんな生き物でもそうですが、新しいことを発見する事(新種記載など)とともに、本研究のように、過去のデータを振り返り、より正確な情報の積み重ねがおこなえるようにしていくことはとても重要です。今後も世界に目を向け、多種のクラゲを扱う私たちだからこそできる研究に着手していきたいと考えています。
エイレネクラゲ
学名: Eirene menoni 傘形 約 2cm
1928年12月5日にオーストラリアで発見され、最初の標本はイギリス、ロンドンの自然史博物館に寄託されました。エイレネクラゲは他にも中国、日本、韓国、ベトナムからも野生個体が発見されており、インド太平洋に広く分布します。日本の太平洋側では毎年夏から秋にかけて普通に見られます。
繁殖に成功している種類で、展示されることも多いクラゲです。
コブエイレネクラゲ
学名: Eirene lacteoides 傘形 約 3cm
1992年に鳥羽水族館の水槽内で発見され、久保田氏と堀田氏によって新種として記載されました。
その後各地の水族館で普通に飼育されている種であるものの、日本では野外で発見されることがなく、「水族館でしか発見されていない謎のクラゲ」とされていました。
しかし、本研究により中国で採集されたコブエイレネクラゲの遺伝子がTima formosa(ギヤマンクラゲの仲間)として誤って登録されていたことが判明し、野外でも発見されていたことがわかりました。