2008年08月16日
トリーター:寺沢

海暗の八月に想うこと

その海は噂以上に黒かった。

三度目の正直では安っぽいが、心願成就では大げさ過ぎる。
いずれにしても、海暗のイルカを拝む日がやってきた。
が、しかし、意外な落し穴も待ってはいたが... 。

西の風、港の外では波頭が白く砕ける、八月のイルカウォッチングとしては、海況条件のやや悪い中、南南東に進路を執り、御蔵島を目指す。
風を避けるように、左舷後方に家族で陣取ったものの、予想以上の水飛沫に全身びしょ濡れ。
夏場以外の船上観察には、防水対策が必要かもしれない。

島影がより鮮明となり、そろそろ彼らが姿を現しても良さそうなポイント。
実は、海暗のイルカを見るのはこれが 2回目で、前回はこの辺りで見た記憶がある。
でも、全く見えない。
島の東から南へ、ゆっくりと舵を切る。
先客の船が見えるところに着いた時のことだった。
一頭のイルカが視界を横切り、我々の舳先で波乗りを始めるのが見えた。
「あっ、いた!」
の大きな声を合図に、10頭ほどが群れで姿を現し、一同がどよめく。
蛇足だが、その声の主は私だったことを小さく記しておく。

乗船した人たちが 2回ぐらいずつ、イルカと泳いだ後、おしどり丸船長・菊地清二氏より、「入ってみる?」のありがたい一言。
『待ってました!』の言葉を飲みこみ、「悪いからいいよ!」と一人装う。
イルカウォッチングには 2種類ある。
海の中に入ってイルカと泳ぐイルカスイム、船上からイルカを見る正しくイルカウォッチングだ。
前者の方が割高で、家族連れということもあり、私たちは後者を選んだ。

いよいよ、その時がやってきた。
次々と海面に消える人たちに続き、5番目に左舷前方より飛び込んだ。

自分の背丈ほど沈むと、コバルトブルーの色が目に飛び込んできた。
何とも幻想的な色合いだ。
左を向くと、そこには一頭のイルカがこちらをうかがっているではないか。
船上から見るのとは、全く別世界だ。
ゆっくりと私の周りをそのイルカは時計回りに移動し、ミナミバンドウイルカの成獣の特徴である、斑模様の腹をこちらに向けた。
手を伸ばせば届く距離。

禁断の世界に入ろうとしたのは、こちらの方だった。
調子に乗って、イルカの腹に触れようとすると、
『約束が違うでしょ!』
とでもいったかのように鳴音を残してどこかへと消えた。
そして、海暗のイルカの体を触れてはいけない、と啓示されるかのようにその報いが降りかかってきて、その世界を再び、覗くことを禁じられた。
何と、ゴーグルのゴムが切れたのである。妻(?)が投げ入れた、水中メガネは小3の息子のだった。
「入る訳ねーだろう」と一人毒づくながら、立ち泳ぎで調整するも、やっぱりダメ。
最後のトライとばかりに、どなたかのマスクとシュノーケルをお借りするが、どこまでも、神から見放された。
返す波で腹一杯、海暗の水を飲みこみ、戦意消失、意気消沈。

菊地氏の話によると、繁殖時期は 6~ 7月で島の東側で親子のイルカを目撃するという。
ちなみに、当館のこれまでの鯨類の繁殖を紐解くと、6月が最も例数が多い一方で、正常出産率を考えると 7月の方が成績は上だ。ある意味、野生と飼育下で類似の傾向を示しているといってもよいであろう。
今回、東側でその姿を全く見なかったのは、出産 1か月を過ぎた 8月ごろは親子で沖合いに出て行くらしい。

とっても面白い話を聞いた。それは、交尾のことだ。
飼育下では頭数も限られているということもあり、1対 1が一般的だが、野生では 1頭のメスに 4~ 5頭のオスが群がっているという。時期は 7~ 8月、南側で多いという。
要は、この時期、この場所ということか。実際に、今回 2、3度それらしい行動を目撃した。
その時、
「とーちゃん、こうびって何?」
と小3の娘の声。
とーちゃんは小笠原のザトウクジラでも探すような遠い目で、何も聞こえない振りをした。

御蔵島を一周した後、黒い海を滑走する船が水面から火花を散らすかのようにトビウオが飛び、舞い上げる白い水飛沫でずぶ濡れになりながら、波間を海鳥が乱舞する、海暗をあとにした。

バックナンバー
[ 2007年 暗い海で見た、幻想 ]
[ 2006年 御蔵島まで南下せよ。 ]

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