2011年11月11日
トリーター:根本

今週のお勧め


フジツボ物語

先日より、深海コーナーには深海に棲むフジツボの一種、ネッスイハナカゴ属の仲間が展示されています。
このフジツボは、深海の中でも地下の火山活動に影響され、轟々と熱水を噴き出す場所にしか生息していないという奇妙な生態を持っています。
この深海の熱水域に棲むフジツボは、日本の水族館(世界中で唯一の可能性も?)では、“えのすい”でしか見られないと思います。
ファン必見の幻の一種なので、ぜひご覧ください!

今回は解説には書ききれない深海のフジツボのちょっと長いお話をしたいと思います。

磯の岩に張り付いている三角形のコブ。
微動だにしないそれを見た多くの人は、これが生物らしいことは感じても、それが何者かは詳しくは知らないだろう。
中には “フジツボ”という名前であることを知る人もいるだろうが、その生きざまを知っている人は、どれほどいるだろうか。

日本では青森県で食用とし養殖しているが、我々の口に届くことは少なく、日々の中でこの生物を気にする機会がほとんどない。
人に聞いても、
「フジツボ?ああ、海のアレでしょ?
 あの岩にくっ付いている貝。」
といった感じだ。
(ちなみに貝ではない。エビやカニの仲間の甲殻類。)
まして、深海でひっそりと暮らすフジツボのことなど聞いたことすら無いだろう。

フジツボは生体になると死ぬまで一歩も移動ができない。
泳げる幼生期の最後時期であるキプリス幼生時代(米粒のような形で泳ぐ足と触角がある。泳ぐのは思いのほか素早い。)に、自分が永住すべき場所を触角で丹念に探索し、決定した後、自分が作り出すセメントで自分の体をそこへガッチリと接着してしまう。
その後は何があろうと 1ミリも動く事はできないのだ。

餌もその場所で捕え、敵からの攻撃も殻に閉じこもり、専守防衛に徹底する。
甲殻類の一種でありながら、ハサミや刺などの武器や毒を持たず、反撃する術を持たない。
殻に閉じこもり、災難が去るのをじっと待つのみである。

もちろん成熟し、繁殖をする際も動くことはできない。
近くに繁殖相手が付着してこない限り、一生繁殖はできない。
そのため、フジツボは相手に合わせ、オスにもメスにもなれる技を持つが、それも生殖器が届く数センチ以内に相手がいればのこと。
何もかもが受け身に回る事の多い生物なのだ。

子孫を残すため、フジツボは大集団を作る。
そのさまは日本の主要都市周辺の住宅地のように密集している。
住宅と違って厄介なのが、自分もお隣も成長して必ず大きくなることだ。
ある種ではお隣さんをやっつけ大きくなり、ある種では高層マンションのように縦に伸びる。
狭い土地を取り合って生きていかなければならない。
ライバルは同種だけではない。
他種のフジツボはもちろん、イガイやカキのような貝、さらには海藻や海面まで山ほどいる。

餌が豊富な水面近くの浅い海は、フジツボの激戦区である。
そんな激戦区を勝ち抜くため、フジツボは進化する。
より早く幼生を出し誰よりも早く付着場所にたどり着く種、干潮時に水面から出てしまう場所で灼熱の夏や極寒の冬に耐えて生きる種、などなど。

フジツボは進化に従い、全身を硬い殻で覆い、水の外に出ても水分が奪われないようにより密閉した構造になっていった。
その昔、フジツボには筋肉の柄がついていたという。

水分が奪われやすく、軟らかいその柄はだんだん無くなって行き、富士山型のフジツボへと進化したそうだ。
しかし今でも筋肉の柄を持つフジツボは見られる。
良く見られるのが、岩の隙間を自分の生きる場所として決めたカメノテ。
富士山型では棲むのが難しい岩の隙間で、その柄の柔軟性を生かし、巧みに生息している。
水面下で見れば、エボシガイの仲間など柄を持つものは他にも見る事ができる。

しかし、“進化の中間”の姿をしたものは、化石でしか見られていなかった。
中間の形態を持つものは進化の途中で絶滅したと思われ、生きている姿は確認されていなかった。
深海域で発見されるまでは・・・ 。

ネッスイハナカゴ属の一種も中間の形態を持つ一種である。
水深 1000mを越える深海に生息するが、その場所は深海の中でも特殊な場所である。
そこでは海底から熱水が湧き立ち、煙突状の構造物であるチムニーができあがる。
これは熱水に含まれる金属や鉱物が、周りの海水に冷やされ、固まり、積み上がりできたものだ。
そのチムニーに、ネッスイハナカゴ属の一種がビッシリ付着している。

熱水域は、猛毒の硫化水素が存在する普通の生物なら生きることさえままならない場所。
しかしこの硫化水素はバクテリアの餌となり、バクテリアを大量増殖させる。
ここではこのバクテリアが生態系の土台となり、多く生物を支えている。
この生態系は化学合成生態系と呼ばれ、植物が土台となる我々の生態系と大きく異なっている。
ネッスイハナカゴ属の一種はその生態系の住人なのだ。

ジュラ紀( 1.5億年前)に現れた中間型のフジツボは、浅い海では徐々に新世代の富士山型フジツボに追いやられ、中新世( 1500万年前)には絶滅してしまった。
その間に、熱水域に適用したものがいたようだ。
ライバルがおらず競争が無ないため、進化のスピードが緩まったのだろうか、太古の姿を残したまま今へと生き続けている。
熱水域で見られるフジツボは、現存する生きたフジツボの中で最も原始的な形態をしているそうだ。
そのフジツボが今、“えのすい”の水槽の中で元気に生きているのである。

深海には昔の姿をとどめたものが見られますが、これもその一つ。生きた化石なのです。
生態はまだ謎が多いそんなフジツボが、水槽内で元気に生きています。
小さくてちょっと見えづらいですが、シーラカンスより古くから存在しているこの生きた化石をぜひご覧ください。

ネッスイハナカゴ属の一種ネッスイハナカゴ属の一種

深海Ⅰ-JAMSTECとの共同研究-

RSS