2013年04月08日
トリーター:武藤

秘めたるもの


新江ノ島水族館では、現在 10頭のバンドウイルカを飼育している。
その中でも私が一番接する機会が多いのが、飼育下初の四世イルカ「マリン」である。

「マリン」には一つ、とても特徴的なことがある。

それは「咬む」という行動が、他の新江ノ島水族館で飼育されているバンドウイルカに比べて突出しているということだ。

生物の多くはそうであるが、基本的にイルカも咬むという行動が備わっている。
例えば
「魚を捕まえる」
「コミュニケーションを取る」
「物を咥える」

この三つの行動を人間でいうなれば、
「魚を(手で)捕まえる」
「(言葉で)コミュニケーションを取る」
「(口で)物を咥える」
といった感じになるのだけれど、イルカはこれらの行動を咬むことでおこなう、もしくはおこなえるのである。

また、ときには攻撃手段として咬むという行動を起こす場合もある。
時折、水族館で飼育されているイルカもトレーニング中に気分が乗らないときなど、トレーナーに対してこの行動を起こすこともある。

これは当然「マリン」にも該当することだが、「マリン」のそれは他のイルカに比べ逸脱しているといっても過言ではないのだ。
「咬む」というよりは「咬み締める」というべきか、とにかく力一杯なのである。

私も幾度か経験がある。
例えるならば、少し丸く削られた鉛筆の先が、上下きれいに並んで付けられている万力のようで、そこに挟まって締めつけられる、そんな痛みである。
ただ、通常の万力と一つ違うところは、それはゆっくりと締めつけるのではなく、瞬間的に上下が閉じられるということである。
さらには一度捕まるとスッポンの如く離さないという、なんとも厄介な特徴なのである。

なぜ「マリン」はこうなのか、私は時折鑑みることもある。
怒りからなのか、恐怖からなのか、訝しさからなのか。
けれど、今の私にはまだ明確には解らない。

しかし、このとても厄介な特徴を凌駕するほどに、「マリン」の持つ秘められたポテンシャルは高いものだと私は思っている。

「マリン」は驚愕するほどの観察力と理解力の持ち主で、「マリン」と接するのは剣呑さがありながら、同時に楽しみもあるという私にとってとても興味深く面白い空間なのだ。

これは「マリン」とのことだけに限らないのだけれど、故に相対する際には、嘘や偽り無く接するよう心掛けている。
何故なら、動物たちが起こす行動一つ一つがメッセージであり、それを見て見ぬ振りをして誤摩化すということは、その相手からの会話を無視するのと同じこと。
つまりはその関係自体が偽りなものとなってしまうと私は思うからだ。

時には踵を返そうかと思うことも正直言うとある。

でもいつか、お互いの考えている事が寸分違わず解り合える日が来れば、できないことなんて何も無くなるはず。不可能なことなんて無くなるのだ。

今はまだ途方もなく先の話だけれど、その日が来るよう「マリン」と日々接していこうと思う。

バンドウイルカ「マリン」バンドウイルカ「マリン」

イルカショースタジアム

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