2年ぶりにトリーター日誌を担当します。 この間に後輩の獣医師が2人増え、自分の子どもも生まれ、仕事も私生活もにぎやかな日々を過ごしています。
このシリーズで先輩後輩トリーターがつづった日誌は、読んでいると自然と胸に込み上げてくるものがあります。
私は、“えのすい” が 10周年を迎えた 2014年に入社しました。 当時は初のナイトアクアリウムで多くのお客さまが来場され、水族館全体がとても活気にあふれていました。
個性的なベテラントリーターがそれぞれ濃厚な得意分野を持っていて、「私もこんな風に極めたい!」と意気込んでいたのを覚えています。
そんな中で、私がいちばん尊敬している動物がいます。
それは、トレーニングの師匠であり、これまで唯一の担当個体でもある、バンドウイルカの「パル」です。 他のトリーターたちの日誌にも登場していますね。
「パル」は 1988年に 旧・江の島水族館で生まれ、これまでに父親として「ミレニー」や「マリン」など、多くの命をつないでくれています。
まだトレーニング初心者だった私にとって、「パル」は動物の個性や気持ちに目を向けるきっかけをくれた存在です。 真正面からイルカと向き合い、視線を交わしながら、気持ちを伝え合うような貴重な時間を経験させてもらいました。
「パル」といえば、赤ちゃんイルカと寄り添ってゆったり泳ぐ優しい父親の姿がとても印象的で、それを話すと他の水族館の方たちにはいつも驚かれます。
現在は横浜・八景島シーパラダイスで相変わらずのんびりマイペースに過ごしています。 貫禄があるからか、後輩のオスイルカたちからも一目置かれているようです。
私もときどき会いに行くのですが、遠くからでもすぐわかる立派な太い吻(ふん)と、食後の大きなゲップの音に、『「パル」も元気にしているんだな』とほっとさせられます。
水族館ではたらく獣医師の使命は、動物たちの健康と命を守り、それを次の世代へつないでいくことです。 もちろん、命の誕生と終わりに立ち会う場面も少なくありません。
バンドウイルカの「ミライ」が「シリアス」のおなかから出て、初めて呼吸をしたとき。
ゴマフアザラシの「ココ」と「オガ」が交尾をし、エコーで小さな赤ちゃんが確認できたとき。
ウミガメの浜辺で子ガメが孵化したとき。
オタリアの「トトロ」が目の前で最期の深い呼吸をしたとき。
ここには書ききれない、うれしい思い出や悲しい思い出が年々積み重なっています。
命をつないでくれた動物たちから得られた知見を今いる動物たちに還元することも、私たちの大切な仕事です。
入社当初、あるノートを見せてもらいました。それがこちらです。
“えのすい” のイルカ飼育台帳で、昭和 32年( 1957年 )から現在までに飼育してきた鯨類の記録が丁寧に描き残されている、貴重なノートです。
今はデジタルでの管理に移行していますが、「ミライ」のことも手書きでこのノートに記し、“えのすい” の歴史を今もこうしてつないでいます。
命の始まりと終わりに向き合い続ける日々は、時に心に大きな負荷がかかることもあります。 そんなときは、朝早くから静かなイルカショースタジアムへ行き、イルカたちとふれあって癒やされ、心を落ち着けます。
10年経った今も、毎日が学びの連続です。 動物の治療について他の方にアドバイスをいただくことも多く、そうした中で人と人とのつながりもどんどん広がっていきました。 動物たちを通して、トリーター、外部の協力者の方々、いろんな人との「つながり」が生まれています。
動物たち、そしていつも支えてくれているトリーターたち、本当にありがとうございます。
これからも、命を、歴史を、大切につなげていけるように、日々の仕事に向き合っていきます。