心理学の有名な実験で、カマスを用いた行動実験があります。
肉食性の魚であるカマスを小魚と一緒に水槽に入れ、カマスと小魚の間に透明の仕切り板を入れます。
カマスは小魚を食べようと何度もアタックしますが、当然、仕切りの奥にいる小魚を食べることはできません。
そして失敗を繰り返すことで「小魚は捕まえられない」と学習し、仕切り板を外した後でも、小魚を捕まえることに挑戦しなくなってしまうのです。
まさに無気力のカマス。
このことは私たち人間にも当てはまります。
過去の失敗や挫折から「できっこない」「どうせ無理だ」と思い込んで、挑戦をやめてしまう経験を、誰もが一度はしたことがあるのではないでしょうか。
その状況を打破するのは、水槽に新しいカマスを入れることです。
何も知らない、新しいカマスは悠々と小魚を捕まえて食べます。
そのようすを見たカマスたちは、再び小魚を捕まえるようになるのです。
…と、カマスについて調べていたら、こんな面白い実験(=「カマス理論」)に出会ってしまいました。
紹介したかったのは、現在絶好調(?)の、えのすいのカマスです。
展示をおこなっているのは、「アカカマス」という種類です。
江の島の周りにはシラスなどの小魚が多く生息しており、それらを餌とするアカカマスも年間を通して定置網などで漁獲されています。
特に秋に漁獲されるものは脂がのって旬を迎え、「江の島カマス」とよばれ、神奈川県のプライドフィッシュ ※ にも選定されています。
そんな相模湾を代表するともいえる魚を えのすいで常設展示することは、私たちの目標の一つでもありました。
ですが、カマスの仲間は採集時にうろこがはがれやすく、きれいな状態で搬入できる機会はあまりありません。
搬入できたとしても、しっかり丁寧にケアをしないと、病気にかかってしまうことも多いのです。
今年5月に乗船した定置網でアカカマスを採集し、約1か月後になんとか3個体の展示が叶いました。
それなりに泳ぐ魚ですので、広めの水槽、例えば相模湾大水槽も展示候補のひとつでしたが、大きな魚やサメも含む約1万匹の中では カマスがやっていけないのでは…? ということでトリーターたちの意見も一致、フォトコーナーの目の前の水槽にデビューしました。
ちょっとブレててすみません…自分の担当水槽でもありますので、きょうも元気かなーと、毎日欠かさずチェックしていたのですが、ある日の朝。
あれ、1匹いない…。
水槽の隅々を探しても見当たらないので、どこへ行ってしまったのだろうと焦っていたら、他のトリーターから「大水槽にカマスがいる」と報告が!
私もちょうどショーの練習のためにカメラを持って大水槽に潜るタイミングだったので、確認がてら撮影してみました。
わ~、本当にいました!
しかもけっこう元気そう…!!
もともといた水槽と相模湾大水槽は、仕切りはあるものの、水はお互いに行き来するように網目の仕切りになっていて、小さな魚や細長い魚は通ることができてしまいます。
とはいえ、あのウロコがはがれやすいカマスが、無傷で通れるほどの大きさの隙間ではありません。
おそらく今回は、水面で跳ねて水槽の境にある岩の上をぴょんと飛び越えてしまったのだと思います。
無理やり連れ戻してけがをさせてしまっても嫌なので、しばらくようすをみよう、ということにしていたのですが、2日後には大水槽の中で餌を食べるようすも確認でき、2週間ほどたった今でも他の魚にいじわるされることもなく、悠々と泳いでいます。
このアカカマスはまさしく、「大水槽でカマスの飼育は難しい」という私たちの思い込みを覆してくれました。
意外とやってみるものですね。
とはいえ慎重に飼育を続けていますので、引き続き、残りの2個体はフォトコーナーの目の前の水槽で展示をしています。
観覧面からの距離が近いので、じっくり観察するにはそちらの方が適していると思います。
この2個体も今のところとても調子よく、最近では餌の時間になると催促するかのように近くに寄ってくることもあります。
大水槽に1個体だけいるアカカマスを見つけるには、水面の方をかるく見上げてみてください。
大きさはマアジ(比較的手前の方に群れていることが多い)と同じくらいですが、体の細さが明らかに違います。
棒のように細長い魚が1匹だけ見つかれば、おそらくそれがアカカマスでしょう。
泳ぎ方も、ずっと尾びれを振っているわけではなく、しゅん、しゅん、と少し間隔をあけつつゆったり泳いでいる印象です。
一度見つけられたら、他の魚とはまったく違って見えるはずです。
この細長いシルエットがアカカマスです!大水槽という大海原に、自ら飛び込んだアカカマス。
そのチャレンジャー精神には驚かされました。
私も先入観にとらわれることなく生き物の飼育に挑戦するとともに、今後もアカカマスの動向を見守っていきたいです。