2026年04月09日
トリーター:石川

あすは「ルビー」の誕生日 36歳!!

フンボルトペンギンの「ルビー」フンボルトペンギンの「ルビー」

「ルビー」が生まれたのは 1990年 4月 10日。私は入社して 4年目、当時 旧・江の島水族館 2号館 江の島マリンランドで鯨類担当をしている時です。ペンギンを長く担当していますが、「ルビー」の出生には立ち会っていないのです。

彼女には他に姉妹が 2羽いたのですが、あまり長くは生きられませんでした。当時は母親から名前を引き継いで、何番目の子かがわかるように名前を付けていました。「ルビー」の母親は「赤緑」という名で、名前の通り識別タグも赤と緑のタグをつけていました。父親は「青赤」でした。このため「ルビー」の名前は「赤緑Ⅲ」(あかみどりのさん)通称「あかみのさん」と呼んでいました。
3番目にしてようやく健康な子が育ったということになるのですが、フンボルトペンギンは卵を普通は 2卵産卵するのですが、「ルビー」の時も 2卵で、まだ育雛(いくすう)に不安の残る親に 2個の卵を育てさせるのは、負担が大きかったのだと思います。「ルビー」は隣の「Ⅰ緑」(メス)と「赤白」(オス)の番(つがい)に育ててもらったのです。
「ルビー」という名前は、新江ノ島水族館になってから「赤緑Ⅲ」では番号みたいなので、当時の担当者たちで愛称ということで決めたと聞いています。1989年から 1992年にかけて 5羽生まれたうちの 1羽で、旧・江の島水族館としては 16年ぶりのペンギン孵化だったと思います。
まだペンギンショーとしてアシカショーの前座に出ていて、私が「ルビー」と直接ふれあったのは、まさにこのペンギンショーでした。

「ルビー」は自己主張の強い性格で、ショーの時にちゃんとやって魚をもらえるところでもたもたしたり、もらえなかったりすると「もらえていないんだけど!」と言わんばかりにつついてくるのです。
他のペンギンでも同じような主張をするものはいました。しかし「ルビー」の一撃は小さいながら確実に“痛い”のです。ちょうど長靴の高さよりちょっと上の位置が「ルビー」のつつきやすい場所なのですが、ズボン1枚あるにもかかわらず、くちばしの先で小さくつまんでひとひねりするのです。出血には至らないものの、必ず血豆になります。
当時よく仕事後にお風呂に入ると、すねの同じ位置あたりに、血豆が点々と並んでいるといった記憶がよみがえってきます。
この性格はいつまでもなおらず、私が担当したときも同じようにつついてくるので、つついたら“ご飯無し”というのをやってみたことがあるのですが、全く効きませんでした。
「ルビー」の食べ物への執着は強く、ある晩秋ごろ、トンボが多く発生したときだったのですが、水面に落ちて動いているトンボや、飛んでいるトンボを捕まえて食べていたのを記憶しています。そしてこの行動は、外で飼育している期間は継続されていたと思います。昆虫食の鳥は、食べて消化できない部分は「ペレット」という塊にして吐き出すのですが、「ルビー」も食べても身にならない羽や足はまとめて吐きだしていました。
ペンギンにもペレット機能ってあるんだなって普通に理解してしまいました。ひょっとしたら甲殻類とか食べた後は、ペレットで出したりしているのではないかと想像したくらいです。

当時は恋にも激しくて、オスの取り合いでメス同士の激しいバトルをしていたこともあります。気が強くて、あまり考えない明瞭な性格、こんなこともあってなのか、“えのすい”で最長寿のペンギンですが、今でもその性格を残しつつ元気に日々を過ごしています。
2024年の日本のフンボルトペンギン 1,723羽中、上から 9番目、メスに限っては 6番目に年齢が高い「ルビー」、もうフンボルトペンギンの平均寿命は 10年くらい超えているので、常に心配は尽きませんが、これからも元気な姿を見せてほしいと願っています。

よく水面でガラスに向かって浮いていることがあります。赤い印が付いているので見分けやすいです。
ぜひ“えのすい”へお越しの際はペンギンプールで「ルビー」を見つけてみてください。

ペンギン・アザラシ

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