初めてサツマハオリムシを見た時の驚きは忘れられません。私がサツマハオリムシという生き物のことを知ったのは約17年前のこと。他でもない、ここ新江ノ島水族館での出来事です。
それまで私は地球上の生物すべてが太陽の光に依存して生きている、すなわち光合成生態系の一員であると思っていました。少なくとも初めてサツマハオリムシの存在を知るその時まで、光合成生態系からほぼ隔絶された化学合成生態系の存在はおろか、そんな生態系の存在を想像したことすらありませんでした。
大学 3年生の冬休み、私はキャンパスのあった岩手から実家のある神奈川に帰省しており、ふらっと新江ノ島水族館を訪れました。研究室を選ぶ時期が近づいていましたが、こんな生き物の研究をしたいとか、生き物のこんな現象を研究したいとか、具体的なことは何一つ浮かんでいませんでした。
とはいえ、漠然とした深海生物への興味関心はあったため、研究の参考にと考え、新江ノ島水族館の深海Ⅰに足を運んだのでした。
深海Ⅰの水槽をのぞき込むと、小枝がからまり合ったような不思議な外見の生き物がいました。なぜそんな地味な生き物が目に留まったのか、今思うと不思議ですが、普段はあまり読まない解説を読んだことも覚えています。
深海の熱水噴出域や湧水域には、硫化水素の化学的なエネルギーを元に水中の二酸化炭素から栄養を作るという、化学合成が一次生産の元となる、化学合成生態系が形成されているといいます。
この世の全ての生き物は太陽に由来する光合成で生かされていると思っていた私の常識は音を立てて崩れ去り、この特異な生物を研究してみたいという想いがふつふつと湧きあがるのを感じました。
事実は小説より奇なりとは言ったもので、そんな時は不思議と道が拓けるものかもしれません。ちょうど私が研究室を決める年、新江ノ島水族館とJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)を経験された先生が着任、初めての学生をとる年だったのです。
その先生のところへ話を聞きに行くと、さらに面白いことに、JAMSTECで外部研究生として研究することができるといいます。さっそくJAMSTECの先生のところへご挨拶に行き、ハオリムシの研究をしてみたいというと、図ったかのようにちょうどクジラの骨に付着したサツマハオリムシが研究室にあるというのです。
そんなトントン拍子で私は鯨骨に付着したハオリムシの研究をすることになりました。
その後、サツマハオリムシの成長や再生に加え、もっとも興味関心を抱いていた共生細菌の取り込みに関する研究にアプローチするため、繁殖にも取り組んできました。結果、論文化できた成果もあれば、思うように研究が進まない時もあったものの、最終的に約 5年間、JAMSTECでハオリムシの研究を続けることができました。
その後私は鹿児島にある水族館に就職しましたが、まさにサツマハオリムシを研究していたことによる出会いと縁が引き寄せてくれたものだと思っています。そして鹿児島でのサツマハオリムシに関する展示の取り組みは、学生の頃からの経験を踏襲したものでしたし、その取り組みが今の新江ノ島水族館でのトリーターの道へと繋がっていきました。
ハオリムシの魅力は語りつくせませんが、サツマハオリムシとの出会いが今の人生に繋がる原点であり、常に共に歩んできた存在でもあります。奇しくもその出会いは今年20周年を迎え、今私が展示飼育業務に取り組んでいるこの新江ノ島水族館なのです。
そんなサツマハオリムシが、私の感謝する生き物です。サツマハオリムシの魅力をもっともっと伝えていくことができるように、今後も頑張っていきます!