2022年09月05日
トリーター:佐野

アカウミガメ誕生

アカウミガメの子ガメが脱出してから早 1か月。
飼育している子ガメの体重も 30gを超えてきました。
これまで歴代の担当者がアカウミガメの繁殖に向けていろんな取り組みをおこなってきました。
この子たちに出会うまでに、長い年月と多くの方々の協力と努力と気合がありました。
長くなりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。

2004年、私がまだ入社する前のこと、旧・江の島水族館から新江ノ島水族館へリニューアルする際、繁殖を目指し、ウミガメが産卵できる砂浜を備えた施設設計がなされました。
繁殖への第一歩です。

その後も歴代のウミガメ担当の先輩方が模索を重ね、 2014年、現在のウミガメの浜辺がオープンしました。これまで展示プールと産卵用の砂浜は 1つしかありませんでしたが、この改修によって、アカウミガメ、アオウミガメそれぞれの砂浜とプールが設置されました。温度調節の設備も付いて、一年中ウミガメを展示できるようになり、ウミガメの飼育環境は大きく改善されました。

翌年 2015年、オス個体の成熟も進み、健康管理と、性ホルモンの動態を調べるため、血液検査を始めました。
ウミガメの場合、季節や個体によって値が大きく異なり、オスとメスを展示プールの仕切りを開けて交尾を促す「お見合い」の時期の目安としましたが、オス個体の成熟や相性が今一つだったようで、交尾成功には至りませんでした。

オス個体のアプローチはあるものの、メスに追いやられてしまう状態が続いたため、 2019年に擬岩を設置し、隠れられるような仕様に改修しました。ここで初めての交尾行動が見られましたが、残念ながら卵殻の形成には至りませんでした。
もはやアカウミガメの繁殖は無理なんじゃないの?なんて空気が漂い始める中、ついに2022年、ホルモンの状態と、お見合い方法の改善の後、長時間の交尾に成功しました。後日の超音波検査で卵殻が写った時、鳥肌が立ったのを覚えています。

そこからは産卵を待ちます。メス個体の食欲も戻らず、カメもつわりのようなものがあるんだろうかなど、同情しながら見守ります。5月15日の夜、「ジロウ」の産卵が確認されました。足跡だらけの砂浜にしっかりと産卵が確認されました。
彼女にとっても初めての産卵です。後日卵がちゃんと発生しているのか、卵に光を当てて確認した所、しっかりと血管が張り巡らされていました。赤ちゃんが生きているのを確認できた瞬間でした。

ウミガメのふ化は砂の温度である程度予想ができます。今回は通常水槽の中に使う温度計を砂の中に埋め込んで、ふ化の日を予測しました。
今年は梅雨前に暑く、7月頃は涼しかったので、リアルタイムで温度がわかる機械を使えたのは便利でした。

ふ化予想の日を少し過ぎたころ、ついに赤ちゃんの子ガメが砂の上で発見されました!
薄い四肢にまだ少し柔らかい甲羅。おとなのアカウミガメからは想像も付かないようなか弱さです。
展示をご覧いただくお客さまの反応もさまざまで、「おめでとう」「こんなのがあんなに大きくなるの?」「おもちゃみたい」「目の前の海でも生まれるんだ」「かわいすぎて泣いた。」などをはじめ、ここに書ききれないほどのコメントをいただきました。人でもウミガメでも赤ちゃんの持つパワーってすごい!が伝わったのではないでしょうか。

ふ化した子ガメたちは、24時間以内に放流をしています。
これは“フレンジー”という沖まで一気に泳ぐための興奮状態にあるうちに放流するためです。子ガメは明るい方向に走っていく性質があるため、通常、暗い砂浜で放流すると、光を反射する海へと走っていくはずです。しかし、ここは日本有数の都会の海水浴場、多くの人が夏を楽しむ湘南です。都会ならではの理由でウミガメの教科書通りにいかないこともあり、試行錯誤で子ガメたちにとって安全な方法で、小さい子ガメたちが海へと進むその背中を見送ります。
この赤ちゃんたちに出会うために、歴代のウミガメ担当者がたくさんの努力を重ねてきました。担当者だけでなく、全てのトリーターも協力してくれました。多くのお客さまをお迎えする夏の営業で、重いまぶたと体を引きずりながらも、子ガメの安全のため、夜遅くに、明け方に、産卵巣の見回りを担当動物の垣根を超えて、トリーター全員が今回の繁殖に協力してくれました。また、今回の繁殖成功にあたり、社外の方々にもたくさんのご協力を賜りました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

ここまでに 135個体の子ガメたちが夜の海へと旅立っていきました。
野生の世界は厳しく、おとなになれる確率はごく僅かです。
数字の面だけで見れば、今回生まれた子ガメたちの全員がおとなになれないかもしれません。
それでも、波に押し戻されながらも海へと走る、 20gの小さな体が作り出す、さらに小さな足跡を見ていると、大きな希望と幸運を、願わずにはいられないのです。

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