2022年12月05日
トリーター:八巻

10年ぶりの実験 昔話とエノスイグソクムシ捜索

みなさんこんにちは! 八巻です。
きょうは北里大学に来ています! 形態だけでは判別の難しいダイオウグソクムシとエノスイグソクムシの中からエノスイグソクムシを探すべく、まずは標本として保存してある個体のDNA配列を調べるため、出身の大学でもある北里大学にやってきました。学生時代にお世話になった研究室の先生にお願いして、実験をさせてもらっています。

とはいっても、昨年まで同じ研究室に在籍していた渡部トリーターがメインで実験をおこない、私はそれを補佐するためのおまけでついてきたようなものですが…それでも教えてもらいながら頑張っています!
実は私も10年ぐらい前、学生時代に分子生物学の分野の実験をおこなっていました。研究対象だったサツマハオリムシの共生細菌の細菌叢を調べたり、あるいは種同定のための特定のDNA配列を調べたりもしていました。ちょうど私が学生だったころから、生物の種同定の要素として、形態を示す標本と共にDNA情報も一緒に記録するという流れが主流になりはじめていました。エノスイグソクムシはまさに、形態だけでははっきりせずDNA配列が同定の決め手になる生物です。

少し話はずれますが、私の学生時代の昔話とともに、私が面白いと思ってきたミトコンドリアと細胞内共生の話をさせてください。

生物を構成する最小単位は細胞であることはみなさんご存じかと思いますが、細胞の中には細胞内小器官と呼ばれる、それぞれ役割を持った小器官がたくさんあります。例えば遺伝情報の暗号を含む生物の設計図「ゲノム」を構成するDNAがつまった核、遺伝情報の出力媒体であるタンパク質を合成する場となるリボソーム、光合成の場である葉緑体のように植物特異的なものもあります。そのひとつに、呼吸の場であり多量のエネルギーを生み出すことのできるミトコンドリアがあります。
今は細胞内小器官として知られるミトコンドリアですが、かつては自由生活を営む単細胞生物であったと考えられています。進化の過程で他の単細胞生物の細胞膜内にとりこまれ、共生するようになり、いずれ共生生物の細胞内で呼吸の場としてエネルギーを生み出す役割を果たすと同時に、共生生物に多量のエネルギーを生み出す能力を与えることとなりました。そしてさらに気の遠くなるような世代を重ね、自由生活のための遺伝子がなくなり、結果として細胞内小器官になったのだという、この一連の進化の歴史は「細胞内共生説」として有力視されています。
その証拠にこのミトコンドリアには核DNAとは異なる独自のDNAが入っていて、そのDNAから構成されるゲノムサイズも自由生活型のバクテリアよりもずいぶん小さくなっています。これは進化の過程で自由生活にしか必要ない遺伝子がなくなってきたことを示唆するといわれています。

ちなみに葉緑体も同様の進化過程をたどって植物が光合成能を持つようになったと考えられており、やはり独自のDNAを持っています。細胞内共生は生物が新たな能力を獲得するという一大イベントの主役となる生命進化の原動力であるともいえるため、とても興味深いのです。
私が学生時代に研究してきたサツマハオリムシや化学合成生態系の生物は、生息域である海底温泉などに豊富に存在する、硫化水素という多くの生物にとって毒となる物質をエネルギー源に栄養を合成する細菌(化学合成細菌)を細胞内に共生させています。つまり、細胞内に特殊な能力をもつ細菌が共生することにより極限環境に適応してきたといえます。
特にハオリムシ類はその毒を使って栄養を作る化学合成細菌を、生まれた後、後天的に環境中から取り込んで細胞内に共生させるという、いわば進化の原動力ともいえる細胞内共生を一世代でやってしまうような特殊な生態を有します。
サツマハオリムシを飼育・繁殖させることで生活史を追い、サツマハオリムシと化学合成細菌が共生関係を成立させる一連の仕組みを明らかにできれば、そこから細胞内共生のメカニズムに迫れるのではないかと考え、私は研究にとりくんできました。しかし実際のところは、飼育下でうまく繁殖をさせることができず、一番知りたかったことは何も研究できずに学生を終えることになってしまったわけですが…
今でも学生時代から知りたかったことに一歩でも近づくためにも、いつかサツマハオリムシの繁殖方法を確立させたいと思いながら日々飼育業務に励んでいます!

昔話が過ぎましたが、ミトコンドリアは上記の通り、独自のゲノムを持ち、かつ細胞内小器官であるため、卵の細胞質として子孫に受け継がれます。したがって、この母性遺伝するミトコンドリアのDNA配列を調べることによってミトコンドリアが細胞内小器官になって以来の系統関係を知ることができるので、種間、種内の系統解析をおこなうための材料としてよく使われます。
今回ダイオウグソクムシとエノスイグソクムシを見分けるために使うのも、ミトコンドリアゲノム内のDNA配列です。近年は次世代シーケンサーを使ってゲノム自体の配列を明らかにすることも昔より容易になっているようですが、種同定という目的を達するだけであれば、そこまでの情報は必要ありません。

詳しい作業の内容は省きますが、今回は大まかに以下の流れで実験をおこないました。

①サンプルから全体のDNAを抽出する
②抽出したサンプルから目的のDNA断片(今回はミトコンドリアDNAの特定の断片)を増やす
③増やしたDNA断片の配列を明らかにする

10年ぶり?に実験する私10年ぶり?に実験する私

今回の実験操作自体は決して難しい事ではない極めて基本的な作業なのですが、ひとつひとつの操作を正確に、かつコンタミと呼ばれる余計なものが混ざりこんだりしないような細やかさが求められます。どこかでミスをしていると結果がちゃんと出てくれません。
結果は明日分かりますので、不安なような楽しみなような、何とも言えない心持ちです…

先日新種として記載されたエノスイグソクムシですが、現状間違いなくエノスイグソクムシだと分かっている個体は、台湾の台南大学にある模式標本の 1個体だけです。生体からDNAを採取することは難しく、まずは今回のように標本のDNA配列を明らかにすることからはじめ、エノスイグソクムシを捜索していこうと思います。しかし、今後は今回実験を手伝わせてもらった渡部さんを中心に、環境DNA解析を応用して、水槽の水から解析をおこなうことも視野に入れておこなっていく予定です。

エノスイグソクムシ、見つけたいです…乞うご期待!

※新江ノ島水族館と北里大学海洋生命科学部は連携協力協定を結んでいます。

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