2023年07月08日
トリーター:石川

慈愛と狂気

少し前の日誌に、歩けなくなったフンボルトペンギンの「チッチ」を介護するように就寝中は一緒にいてくれる「マリー」の話を書いたと思います。
もちろん今でもそれは継続されているのですが、こういったとても微笑ましい行動とは裏腹に遊びが狂気のような行動になったり、慈愛の気持ちとは裏腹に残虐な結果となってしまうこともまた、野生動物の行動として同じように存在します。

最近見られる行動で換羽(かんう)が終ったころに、「ソラ」が少しやんちゃな行動を見せ始めました。
まだ3歳の若い雄なのですが、換羽が終ると基本オスは繁殖行動へ移行していきます。しかし、そんなとき動物たちはそわそわして落ち着きがなくいろんなことへも気持ちが揺れ動きます。また縄張り意識も高くなり、自身のエリアへ侵入してくる他のペンギンへもいつもより強くあたることが多くなります。

さてこの「ソラ」が、換羽が始まる前の「チッチ」が泳いでいるときに後ろから突いて遊ぶという行動をやるようになったのです。
実はこの行動は多くの若いペンギンで一度は見られるくらいよくある行動でもあります。大人と一緒に同じプールで泳ぐようになり、泳力にも自信がつくといろいろなことに興味を示していきます。この過程で、「ソラ」は普通とは泳ぐ姿勢が少し違う「チッチ」に目をつけ、突いてその驚く行動や驚いて上陸する行動に楽しみを覚えてしまうという傾向がみえてきたのです。

野生では生物淘汰ということは普通におこなわれています。群れに対して異質な行動は群れ全体への脅威となる場合もあり、同じ群れから追い出されていったり、仲間内から集団で攻撃されて殺されてしまったりすることもあります。
ただここは水族館という管理された環境で、ここで飼育されている生物はハンディキャップがあっても貴重な情報を教えてくれる大切な存在として健常な個体と同様にその命が扱われなければいけません。
このため本来の野生のペンギンルールだけではなくて、ここでのルールを作ってそれに合わせてもらえるように教えたりすることがあります。
このような弱者を殺してしまいかねない行動はできるだけ抑制して、どの個体もここで幸せに生活できる環境を作らなければなりません。

それならどのペンギンもばらばらに飼育してプール付きの一戸建てを作ってあげればよいのではないかという考え方もあります。
これは個体ごとでしか飼育できない生態の種類では、当然ですが有効な方法です。しかし群れを作る生き物には群れで生活することもまた重要なのです。
まさに「チッチ」と「マリー」の関係は群れで生活している中で、ペンギンたち自身の多様性から自発的に生まれた行動です。
そして「ソラ」の行動も起こってはほしくない行動ですが、本来ペンギンが持っている多様性の一つなのです。
限りない広大な飼育環境があるならば、場所を変えたり分けたりすることももちろん一つの方法ではありますが、いつかは限りがきてしまうでしょう。
少しだけ私たちが彼らへ関与して、「それは止めようよ」と教えることで“えのすい”のペンギンたちは“えのすい”のペンギンの群れとしてのさまざまな行動を見せてくれているのです。

フンボルトペンギン「ソラ」フンボルトペンギン「ソラ」

ペンギン・アザラシ

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