2023年12月01日
トリーター:山本

国境を越えた共同研究! エイレネ・コブエイレネクラゲの話

一年を通して江の島でもっとも出現回数の多いクラゲを知っていますか? 実は、全国各地で見られる有名なミズクラゲやアカクラゲ…ではなく、「エイレネクラゲ」という傘の大きさが 1~ 2cmの小さなクラゲです。

和名:エイレネクラゲ
学名:Eirene menoni Kramp, 1953
分類:ヒドロ虫綱 軟クラゲ目 マツバクラゲ科 マツバクラゲ属
本種は江の島では夏から秋にかけて出現します。特に毎年9~10月にかけては、私たちがいっている(ほぼ)毎日採集でもほとんど毎日のように姿を見せてくれる普通種 of 普通種です。

このエイレネクラゲに近縁な種で「コブエイレネクラゲ」というクラゲがいます。

和名:コブエイレネクラゲ
学名:Eirene lacteoides Kubita and Horita, 1992
分類:ヒドロ虫綱 軟クラゲ目 マツバクラゲ科 マツバクラゲ属
本種は、三重県にある鳥羽水族館の水槽内で発見され、新種のクラゲとして記載されました。それ以降、水族館でしかその存在が確認されておらず、知る人ぞ知る不思議なクラゲです。繁殖が確立されているため、多くの水族館で見ることができます。

実は最近、この身近な 2種のクラゲについての私たちの研究がひとつの形となりました!
一緒に研究をしたのは、過去にギヤマンクラゲを新種として記載したときと同じ、国境を越えたクラゲ研究の仲間たち(鶴岡市立加茂水族館・Ocean Research Explorations・ハワイ太平洋大学+ワイキキ水族館)です。この研究では、エイレネクラゲとコブエイレネクラゲの 2種について、さまざまな情報(形態・生態・遺伝子・分布)を扱いながら厳密な種同定をおこない、それらの基礎的な情報を論文にまとめました。
その論文は、10月5日から学術雑誌である「Zoological Studies 」に掲載されており、論文のタイトルは「Integrative Systematics and Biogeography of the Hydrozoans (Leptothecata: Eirenidae) Eirene menoni Kramp, 1953 and Eirene lacteoides Kubota and Horita, 1992 from Japan and China with Comments on Pacific Ocean Distributions」です(無料で読めます!)。

クラゲは成長にともないさまざまな形態(ポリプやメデューサ)を持つため、種の同定には完全な生活史の把握が必要なのですが、特にエイレネクラゲたちが属するヒドロ虫綱の「マツバクラゲ科」は近縁なもの同士がとても似ており、同定難易度が高いとされています。そのため、世界中で誤同定が頻発…。世界中にいるさまざまな生物の遺伝子データが登録されている GenBank でさえ、そのクラゲが別のクラゲとして登録されてしまうなんてことがよくあるのです(ワタボウシクラゲやギヤマンクラゲがそのパターン)。ということで、さまざまな情報を扱い「正確に種同定をする」ということはとても重要な作業になるのです。
今回の論文は、簡単にいってしまえば「エイレネクラゲとコブエイレネクラゲについて、これまで知られている情報をまとめました」という内容なのですが、世界中にある標本の所在や出現記録を片っ端から調べ、分布や形態情報、生活史をまとめる…恐ろしいほど大変な作業なのです。

本研究での私たち水族館組の大きな役割は「生活史」の把握です。水族館には「種の保存」という大切な役割がありますが、生活史を把握し、かつ産地のはっきりとした遺伝子データを提供できるということが、それぞれの種の地理的分布のみならず、その先のテーマである「侵入(所謂外来種問題)」や「拡散」などを調べる際にとても役に立ちます。
今回の研究でいえば、長い間水族館でしか見つかっていなかったコブエイレネクラゲが、実はすでに自然界(中国)で採集されており、違うクラゲ(ギヤマンクラゲの仲間Tima formosa)として登録されていたということがわかりました。また、ハワイにあるワイキキ水族館で水槽の中から見つかった個体と、日本・中国の個体の遺伝子間に共通部分が見られたため、元々中国や日本周辺で出現していたものがハワイに進出してる可能性があることも分かりました。まさにさまざまな情報をまとめたからこそ新しいことが分かった事例ですね。これは今後の解説で気をつけなければ…!
こんな感じで、本論文は今後マツバクラゲ科やその近縁のグループの研究をおこなう上で、必ず重要なものになるはずです。気になる方はぜひ読んでみてください!

今回は上記の 2種についてまとめましたが、同じような誤同定が他の種やグループでも頻発していることが考えられます。新しいことを発見すること(新種記載とか)はもちろん大切ですが、本研究のように過去のデータを振り返り、より正確な情報の積み重ねがおこなえるようにしていくことも同じくらい大切です。今後も世界に目を向け、多種のクラゲを扱う私たちだからこそできる研究に着手していきたいと考えています。

…ということで、今回の論文で取り上げた「コブエイレネクラゲ」を、本日よりちょっと特別仕様にして展示しています。普段見ているクラゲでも、まだ知らないことや不思議なことがきっとたくさん詰まっています。そんなことを考えながら見てみると、もしかしたらクラゲたちがいつもよりも輝いて見えるかもしれませんね。

皇室ご一家の生物学ご研究

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