沿岸水槽では「イカ」と「タコ」の混養展示を毎年行ってきましたが、今年は「アオリイカ」と「イイダコ」の組み合わせで行っています。
昨年までは、秋になってから成熟個体を入手して展示していたのですが、人気のある生き物なので、ぜひ今年は夏休みから! と考えていたところ、ちょうど大学の研究室にて人工繁殖の「イイダコ」を分けていただける話があって、若い個体が入手できました。
ところが、自然の海で育った「イイダコ」がよくやっていた、腕の先を砂から覗かせてイソメのように動かしたり、互いに隠れ家に訪問しては遠慮がちに触り合ったりする行動が見られません。砂や貝の中にしっかり隠れていて無駄な動きが少なく、給餌の時だけ腕を伸ばして受け取る感じです。まだ若いからかも知れませんが、残餌の掃除用に入れた大きめのヤドカリに簡単に襲われてしまった時には、海でいろんな生き物に出会った経験が無いから? と、ちょっと心配しています。
一方、江の島で捕獲した「アオリイカ」は、警戒しながらも好奇心旺盛で、彼らなりの流行り廃りの行動が見られます。今は驚くと底に集まるのが流行りで、たまたま隠れ家を構えたイイダコが「おわっ、何なんだお前ら・・でも、ちょっと怖いよ~!」と迷惑そうにしています(笑)。ただ、この行動も落ち着くまでの間でしょうが。
イカやタコの多くは約一年の寿命ですので、毎年入手して展示するわけですが、神奈川県はほとんどの沿岸に共同漁業権が設定されているので、その海域では漁協関係者以外は漁業権対象種のタコ類を獲ることができません。
定着性のあるタコ類は、江の島の周辺でも10種類くらいは見つかる可能性があり、姿形や色彩を一瞬で変化させる能力のあるタコ類を、一般の方が見分けるのは難しいために全種が指定されています。ですので、危険生物の「ヒョウモンダコ」をお客さまが持ち込んでくださることがあるのですが、食用の「マダコ」同様に捕獲が禁止されていますので、元いた場所に放すことをお願いしております。きっと展示してくれるだろうと期待されたお客さまには、ご足労で本当に申し訳ありませんでした。
私も相模湾で「ワモンダコ」が発見された当時、ショートレポートを書く機会をいただきましたが、見た目から「ワモンダコ」だと分かっていても、標本の腕を伸ばして、針を使って一個一個吸盤の数を数えて同定しました。その道のプロと呼べる研究者山田氏のご協力が無かったら、さぞかし大変だったと思います。
そのため以前から、金田湾の浜千鳥の船長に(実は親しい少年らがお手伝いで釣っていたようで、のどかな環境がちょっと羨ましかったです!)取り置きを頼んだり、富津の宮川丸さんに乗船や情報をいただいたりして、お世話になって来ました。
「イイダコ」展示への思い入れは、学生のころ、南彩農協の近藤氏から釣り方から調理まで教わったことがきっかけです。湯の中に腕先から浸けていくと、作り物のような茹蛸ができるのには感動しました。それから、兄に汲んでもらった天然海水を使って飼育を始めましたが、そのときのみなにも見て欲しいな! という想いがずいぶん長持ちしたもので、今頃になって形になっているのです。
ちなみに、氏は釣れた獲物がたとえ 1匹でも面倒がらずに、工夫しながら一品料理に仕上げてしまいます。魚の扱いに慣れてしまった私が、時折襟を正せるのはその方のお陰です。盛り付け方にもセンスが合って、水槽デザインのアイディアを得るときもあります。
昔は恰好良くてエレベーターボーイ(時代が分かる!)をしていた氏も、今はタコのようになっちゃったよ仰っていました(笑)。
もう十年以上前になりますが、初の「イイダコ」メインの展示が実現できたのは、同僚の鈴木くんが居たからこそでした。縄張り争いが激しいタコの仲間は複数展示が困難ですが、「イイダコ」なら可能だし、思い切って大きな水槽に小さなタコをいっぱい入れてみようと。彼は休みにマイカーを出しては、一緒に入手可能な場所を探し回ってくれました。ふだんは冗談を言いますが、任務遂行中は船上で用が足したくなっても「ズッ!」「ブッ!」「ザッ!」で済ませるハードボイルドです。宮川丸では同船した飯蛸専用竿を振るう釣師を抜いて、感覚だけで竿頭(船で一番釣った人)にもなった実力も持っているので、現在は「イカタコ同居水槽」にも厳しい目を持って支えてくれています。