2025年04月28日
トリーター:山本

新種「ミズタマスズフリクラゲ」と日本初記録種「カンザシスズフリクラゲ」

待ちに待った春。新生活を迎えている方も多いのではないでしょうか。私も今年度からちょっとだけ担当生物が変わり、バタバタした日々を送っています。一緒に頑張りましょう!

さて今回は、うれしい共同研究の成果が出ましたのでご報告です!
このたび、おなじみ公益財団法人黒潮生物研究所の戸篠さんと、西海国立公園九十九島水族館海きららの野添さん、秋山さんと一緒に、日本の各地(沖縄県・高知県・神奈川県(江の島!)・長崎県・静岡県)で採集された 2種類のクラゲを分類学的に精査したところ、「新種」と「日本初記録種」であることがわかりました。そこで、その 2種類に名前を付けて、それぞれの特徴を記載した論文を作成しました!
その論文は、 4月21日から学術雑誌である「taxonomy」に掲載されており、論文のタイトルは A new species of Zanclea innocens and new record of Zanclea medusopolypata (Hydrozoa, Anthoathecata) from Japan(直訳:日本産の新種 Zanclea innocens と日本初記録種の Zanclea medusopolypata (ヒドロ虫綱、花クラゲ目))です(無料で読めます!)。

今回の主役である 2種のクラゲは、ヒドロ虫綱(ベニクラゲとかウラシマクラゲとかと同じです)の「スズフリクラゲ属(Zanclea)」というグループに属しています。スズフリクラゲ属って……聞いたことありますか? もし知っている方がいたらかなりのクラゲマニアだと思います…! この仲間はどの種類も小さく(一番大きいものでも 3mmほど)、水族館で展示されることは当館を含めほぼほぼないと思います。スズフリクラゲ属は
・傘が釣り鐘型であること
・触手を 0か 2か 4本持つこと
・眼点を持たないこと
・4本の放射管を持つこと
などの特徴を持ちますが、そのサイズや種間の形態の差が少ないことから、種同定(※「○○クラゲだ!」と見分けること)がとても難しいグループです。今回の 2種も大きさはなんと最大で 1.5mm…! 普段小さいクラゲをよく見ている私たちからしても、かなり小さいです。

まずは今回新種として記載した「ミズタマスズフリクラゲ」について紹介していきます。

学名:Zanclea innocens(ザンクレア・イノセンス)
和名:ミズタマスズフリクラゲ
分布:沖縄県、高知県、神奈川県

私がこのクラゲを初めて見たのは、約 5年前の2020年 6月。いつものように江の島でクラゲ採集をおこなっていたところ、見覚えのない 1mm程の小さなクラゲが採れました。「こいつは只者じゃない…!」と思いながら、すぐにクラゲ生産室に持ち帰って写真を撮り、黒潮研の戸篠さんに連絡をしたところ、「こっちでもきのう同じクラゲが採れた! なんだろうね…」とお返事が。なんと、同じ謎のクラゲが高知県と江の島という離れた地で同時期に出現し、ほぼ同時に採集されていたのです。こんなに小さなクラゲがこれだけ離れた場所で同時に採集されるって… 奇跡すぎない?? と、なんだか運命すら感じた瞬間でした。実は戸篠さんは過去にも沖縄で同じクラゲを採集しており、形態から「スズフリクラゲの仲間」ということまではわかっていたのですが、当時は該当する種が見つかっていませんでした。そこで、遺伝子解析をおこなったところ、これまでに知られている他のスズフリクラゲの仲間のどの種とも一致しない結果となりました。そのため、今回の論文で「スズフリクラゲ属の未記載種(新種)」として論文に特徴を記載し、世に出すこととなったのです。

本種は 2本の触手を持ち、傘に白い粒々(刺胞の塊)を持つことが特徴です。この白い粒々が水玉模様のように見えることから「ミズタマスズフリクラゲ」と名付けました。種小名の「innocens」はラテン語で「白い~」とか「無垢の~」という意味で、和名と同じく傘の白い粒々という特徴を現しています。

次に今回日本初記録種として記載した「カンザシスズフリクラゲ」について。

学名:Zanclea medusopolypata(ザンクレア・メデューソポリパータ)
和名:カンザシスズフリクラゲ
分布:長崎県、静岡県

毎年秋から冬にかけて、相模湾や駿河湾の沿岸では外洋性の珍しいクラゲが出現します。本種を初めて見たのは2021年の11月。駿河湾のとある漁港で採集をおこなっていたところ、見た事がない不思議な形をしたスズフリクラゲの仲間が採集されました。

ヒドロ虫類に属する多くのクラゲは、ポリプの基部などからクラゲが出芽し遊離しますが、なんとそのクラゲはクラゲの中にポリプを持っていたのです。「クラゲってホントなんでもありだな…」と驚いていましたが、戸篠さんが過去の文献を調べてくれたところ、同じようにクラゲの中にポリプを持つ種が何種か見つかっているようです(Teissiera polypoferaApatizanclea mayeriZanclea sp.)。そして、2000年にライング島(パプアニューギニア)で記載された Zanclea medusopolypata というクラゲの形態が今回のクラゲと一致し、種同定をすることができました。また、同年に九十九島水族館の野添さんと秋山さんによって、長崎県平戸市でも同じクラゲが採集されていたため、私たちが採集した駿河湾産のものと合わせて、これまで日本では確認されていない初記録のクラゲとして論文にまとめたのです。
本種は 2本の触手を持ち、なんといっても口柄にポリプを持つことが特徴です。このポリプが髪留めの「簪(かんざし)」に見えることから、「カンザシスズフリクラゲ」と名付けました。

さらにこの論文では、上記の 2種の記載に加えて他のスズフリクラゲ属の28種についてそれぞれを見分けるポイントをまとめ、比較できるように表にしています(論文Table 4)。個人的にはこの表がすごくて…! 実はスズフリクラゲの仲間自体はそこまで珍しくなく、江の島でも採集できます。しかし前述したように、とにかく見分けるのが難しく… 諦めて「スズフリクラゲ属の一種」として記録してしまうことが多かったのですが、これからはちゃんと見分けることができますね。

ということで、4月28日より「ミズタマスズフリクラゲ」と「カンザシスズフリクラゲ」の標本をクラゲサイエンスで展示しています(もちろん世界初!)。どちらも 1㎜ほどととても小さいですが、目を凝らしてじっくり観察してみてください。それぞれの特徴である水玉と簪が見えてき…… 見え… ますよね?? 多分多くの方が「小さすぎてわからーん!」となる気がしているのですが、これが普段私たちの見ている極小ヒドロ虫類の世界! こんなに小さくてもそれぞれにちゃんと特徴があり、苛烈な自然界に適応しながら強かに命を繋いでいるのです。この 2種類も、まさに極小ヒドロ虫類の良さが詰まっていると思います。ぜひご覧ください。

新しく発表したこの 2種のクラゲ。「水玉」と「簪」なんて、日本らしくてなかなか良い名前を付けれたなーと思っています。おそらく、こんなことでもなければ人生で「スズフリクラゲ属」に出会うことはなかった方がほとんどだと思います。この 2種が誰かの人生をちょっとでも変えることがあったら、こんなにうれしいことはありません。
生き物として世間にはあまり知られていないヒドロ虫類を、キャッチーな「新種」や「日本初記録種」としてみなさまに紹介できるのは素直にうれしいです。共同研究者の戸篠さん、野添さん、秋山さん、本当にありがとうございました。また海で遊びましょう!

えのすいでは、今回のような極小の命も見逃さずに、展示を通してすべてのクラゲの魅力をお客さまに伝えていきたいと思っています。これからも(ほぼ)毎日クラゲ採集や研究を行い、未来に向けてひとつひとつ情報を積み重ねていきます!

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