健康診断で嫌なことといえば、おそらくたいていの人が採血をすることをイメージするのではないでしょうか? あの雰囲気、アルコール綿で腕を拭かれ、そしてあの針の痛み。私も苦手です。
きょうは少し長くなることを承知で、マニアックなお話をしていきます。
私たちが動物をトレーニングすることで最も大事なことは動物たちの命を守ること。命を守るためには、常に彼らの健康状態を把握する必要があります。先ほど述べたように、私たちは健康診断で体重測定、採血、尿、レントゲンなどさまざまな検査をします。えのすいの動物たちも一緒です。もちろんすぐに体重計に乗ったり、採血のために針をさすことができないので、毎日トレーニングし、トリーターとの信頼関係が構築されて初めて体重測定や採血、レントゲンなどができるようになります。これも個体によってすぐにできる子もいれば何年もかけてようやくできる子もいるなど、さまざまです。
私が水族館業界に入ったのが約25年前。最初に静岡の水族館でアシカやアザラシを担当していました。そのころは、健康管理の一環としてトレーニングで実施していたのは体重測定のみで、体温測定や採血、採尿などはおこなっていませんでした。その健康管理のやり方に違和感を覚えた私は、先輩に「アシカやアザラシの体温測定や採血ができるようにしてみたいです!」とお願いをしました。
先輩も「お前がそこまで言うならやってみたらどうだ!」と言ってもらい、そこからアシカやアザラシも毎日地道にトレーニングをおこない、採血や体温測定ができるようになりました。
さて当館で飼育しているひれ脚類(「アトム」を除く)のメンバーで唯一、採血ができていなかったのがゴマフアザラシの「ワカ」でした。
当館で飼育している「ワカ」の性格は、周りを非常に警戒する子でちょっとした環境の変化、例えばトリーターの着ている服装が急に変わったり、いつもと違う道具を持っていったりするだけで魚を食べなくなる、というのがあります。
お恥ずかしい話、「ワカ」は2014年に当館に来館して以来、一度もトレーニングにおいて採血ができたことはありませんでした。針をさせてもすぐに逃げてしまい、「ワカ」自身も嫌なイメージがついてしまっていたと思います。そのため、去年の12月から私が「ワカ」の担当となり、本格的にトレーニングをやり直すことにしました。
トレーニングの最初は本当に地道なことです。ゴマフアザラシの採血は基本、後脚から針をさして採血をするので、後脚に指や爪を使って最初は弱めの刺激から、そこから徐々に強めの刺激への変化させていき、落ち着いていることを褒めていきました。
この間にも、採血以外のことのトレーニングをおこない、毎回のトレーニングをなるべく失敗のないように、そして楽しんでもらえるような取り組みをおこないました。トレーニングは毎回そうですが、本当に頭を使って考えて実施しないと動物に悪い印象を与えてしまいます。そうなっては終わりなので、とにかく楽しんでもらえるように、少しでも採血が楽しいと思ってもらえるように毎回のトレーニングを大切にしていました。
数か月が経過し、「ワカ」の状況も良くなってきたので 1回針をさすだけさして、すぐに抜くというトレーニングもやってみようと思い、実際にさしてみたら、なんと物凄く落ち着いているではありませんか。あの針をさしたら、すぐに逃げ出していたのにと。これだったらいけると感じ、その数か月後に本番を実施することになりました。ただ針をさせても血が出てこないということが数回ありました。しかし、長いトレーニングの時間をかけて、先日ようやく採血ができるようになりました。
写真をよく見ると、血液がとれているのがわかると思います。
この時は本当にうれしすぎて、もうテンションがやばかったのを今でも覚えています。こういう少し難しい個体で採血ができると、自分の自信にも繋がりますし、後輩たちも地道にやれば採血ができるんだということをわかってもらえたのではないでしょうか。
ただし、これがゴールではありません。トレーニングは日々進化していくものですし、もっと動物たちから信頼されるトリーターであり続ける必要もあります。まだまだたくさんやることがあるので一つ一つ確実にできるように頑張っていきます。