2025年03月26日
トリーター:山本

青い天使は悪魔の手を持つ

その見た目から、別名「ブルーエンジェル(青い天使)」や「ブルードラゴン(青い竜)」と呼ばれているアオミノウミウシは、夏ごろに連続した南風が吹くと、カツオノエボシなどと共にえのすいの近くの砂浜に打ち上げられていることがあります。状態よく採集することができた時は「クラゲサイエンス」で展示しており、当館の人気生物のうちの一つなのではないでしょうか。私も大好きな生き物です。

そんなアオミノウミウシについて、今回はビッグニュースをお届けします!
このたび、東海大学(生物学部生物学科)東京大学(東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所)のみなさんと共同研究を行い、当館で飼育していたアオミノウミウシに関する論文を出すことができました! 実は、かれこれ 4年ほど前から温めていた内容で…いやーーーずっと言いたかった! 本当に本当に面白い内容なんです!! ちょっと長くなりますが、お付き合いいただけるとうれしいです。

その論文は、3月17日から国際学術誌である「Ecology」の「The Scientific Naturalist」というコーナーに掲載されており、論文のタイトルは Blue angels have devil hands: predatory behavior using cerata in Glaucus atlanticus (直訳:青い天使は悪魔の手を持つ: Glaucus atlanticus の突起を用いた捕食行動)です。ちょっと前のカツオノエボシの繁殖についての論文に引き続き、今回も東海大学の小口博士と一緒に成果を出すことができました。

この研究ではアオミノウミウシの「捕食」行動に着目しています。突然ですが、みなさまはアオミノウミウシが何を餌として食べているか知っていますか?

本種はカツオノエボシやギンカクラゲ、カツオノカンムリなどの海表面を漂泳するクラゲの仲間を捕食することが知られています。しかも食べるだけでなく、食べた刺胞動物の「刺胞」をそのまま取り込み、体から突き出た「ミノ」の先端にある「刺胞嚢」と呼ばれる部分に蓄え、身を守るために利用している(「盗刺胞」と言います)と考えられています。
当たり前ですが、生き物の飼育にはその生物の「餌」の確保が必須です。アオミノウミウシを飼育する場合は、カツオノエボシやギンカクラゲなど、飼育難易度の高い生物も併せて飼育し、確保し続けなければなりません。そのため、たとえ状態の良いアオミノウミウシを手に入れることができたとしても、長期的に飼育することが難しい生き物でした。
そこで、代用となる餌を探していたところ、他のクラゲにも与えている生シラス(カタクチイワシ)に好反応が!
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解凍シラスを与えると、むしゃむしゃ食べてしまったのです! 食べ方もおもしろく、すべての個体がミノを使ってシラスを腹側(青い方)に抱え込みながら噛みつき、体勢を整え直して食べ進める、という行動を見せてくれました。この発見をしてからというもの、本種の飼育がぐっと簡単になり、最長で 2か月ほど飼育できるようになりました。そして飼育のコツを掴んだことで、飼育期間も展示期間も伸ばすことができたのです。めでたしめでたし。

…いえいえ、これでは終わりません。
飼育下で発見した、アオミノウミウシは「シラスを食べること」と「ミノを使って腹側に抱え込むような食べ方をすること」。この 2つの行動に加えて、本種は「盗刺胞をする」ということを考えた時、一つの疑問が生まれました。

「もしアオミノウミウシがカツオノエボシの刺胞を持っているのであれば、生きたシラスでも簡単に捕まえられるのでは?」

この疑問が本研究の始まりでした。
正直、解凍シラスを食べた時点ではそこまで驚きはなく「ふーん、シラスも食べるんだ。江の島のシラスっておいしいもんね。」くらいに思っていたのですが、生きたシラスとなると話が変わってきます。もしアオミノウミウシがカツオノエボシなどから盗んだ刺胞を使って魚を捕まえ食べていたら…? アオミノウミウシにはまだ誰も知られていない隠れた能力があるんじゃないか…? 当時とてもわくわくした記憶があります。
そしてシラスといえば、まさにえのすいの得意分野! 担当者にお願いして、当館生まれのシラスをいただきました。さっそく実験です。ドキドキしながら同じ容器にアオミノウミウシとシラスを入れたところ、こんな結果に。
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なんと! ミノでシラスをガッと捕まえ、頭部を残して食べつくしてしまったのです!
そのようすにもはや天使のイメージは微塵もなく、言うなれば悪魔…! 捕まえた瞬間は思わずみんなでうおーーーー! と声をあげてしまいました。予想に反してシラスが明らかに刺胞の毒をくらい麻痺しているようすは確認できませんでしたが、器用にミノを使って生きたシラスを捕えるようすを確認することができました。

次に「シラスを食べるということは、意外と何でも食べられるのでは?」と思い、他のクラゲも餌として与えてみることにしました。今回与えたクラゲはえのすいで飼育していた 7種類。シラスの時と同様、同じ容器に入れて観察していきます。

結果はこんな感じです。刺胞動物に属する「クラゲ(シミコクラゲ・シロクラゲ・ウミコップ属の一種・ミズクラゲ)」はすべて食べましたが、有櫛動物に属する「クシクラゲ(カブトクラゲ・ウリクラゲ・カンパナウリクラゲ)」はまったく食べませんでした。
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これはウミコップ属の一種を与えた時の結果です。シラスの時と同様、ミノを手のように使ってクラゲを捕えます。そして、シラスの時よりもはるかに速いスピードで丸飲みにしてしまったのです。ウミウシは偏食家(決まった餌ばかりを食べるもの)が多いとよく言われますが、アオミノウミウシはこんなにいろいろ食べることができるんですね。しかも「食べないのもあった」ということは、ちゃんと餌を「選んでいる」ということになります。

さらに今回の研究では、本当にカツオノエボシなどの刺胞がミノに備えられているのかを組織学的に観察しました。
Supporting Information 内にあるFigure S1

赤紫色に染色された丸いものがカツオノエボシの刺胞です。やはりアオミノウミウシは盗刺胞をしていることを視覚的に理解することができました。アオミノウミウシがどのようにしてカツオノエボシの刺胞を体の中に取り込むのか、そしてその刺胞が実際にどう役立っているのかはまだわかっていません。実際に捕食に使っているかどうかも謎のまま。今後の研究で明らかにすべき課題ですね。

さて、これまでの実験や観察の結果から、アオミノウミウシについての新発見は3つです。

1,カツオノエボシ・ギンカクラゲ・カツオノカンムリだけでなく、魚も含めいろいろな生物を選んで食べる。
2,器用にミノを「手」のように使って捕食を行う。
3,盗んだ刺胞を「防衛」だけでなく、「捕食」にも使っている可能性がある。
これらのことが今回の論文にまとめられています。

他のミノウミウシ類ではミノ(赤矢印)が背中側にあるため、あくまで「防御用」。手のようにして獲物を捕まえることはできないでしょう。こう改めて見比べると、明らかにアオミノウミウシのミノが特殊であることが分かります。また、組織観察からアオミノウミウシでは、ミノの筋肉が他種のミノウミウシと比べても非常に発達していることも分かり、こうした発達した筋肉を使うことでミノを手のように器用に使っているのかもしれません。

本研究は水族館の飼育下で行った実験ですので、海で本当にアオミノウミウシたちが盗んだ刺胞を使ってさまざまな生物を捕食しているかどうのかはまだわかりません。しかし、本種の知られざる能力を解明していくための大きな第一歩となるはずです。英語でちょっととっつきにくいかもしれませんが、動画や写真だけでも本当に本当におもしろいので、ぜひ見てください!

実は私たちの飼育実験によって、近縁種のタイヘイヨウアオミノウミウシもシラスや他のクラゲを食べて成長・成熟することが分かっています。

表層を漂うアオミノウミウシたちが自然界でどんな生き物たちと関わっているのか、これまで隠れていた食物網が明らかになったら本当におもしろいですよね。今後も研究を続けて明らかにしていきたいと思います。そして、水族館の「飼育ができる」という最大の武器を使って生活史を解明し、常設展示も目指していきたいです!

去年はタイミングが合わずにアオミノウミウシを展示することができませんでしたが、今年の夏はどうでしょうか。もし彼らが風に乗ってやってきたら、えのすいで必ず展示し、実際にみなさまの目の前で面白い捕食行動を紹介したいと思っています。いい風が吹くように祈りましょう!

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