「絶対にただ者じゃない」このクラゲを初めて見た時に強くそう思いました。
そのクラゲの写真は、昨年の 2月に相模湾で水中ドローンを使った深海生物調査をおこなっていた、株式会社FullDepth の伊藤さんと杉村トリーター、八巻トリーターたちから送られてきたものです。
「お疲れさまです! なんだかわからないクラゲが 1個体だけ採集できました。水深 650m 水温が 5℃位です。」
なんだこれ!!?? 長い触手を 4本持ち、口の部分と思われる真ん中が嘘みたいに赤いクラゲ。こんなの今まで見たことない…。私にとっても「なんだかわからないクラゲ」すぎました。
でもその時、この傘の形や触手の感じは沿岸でも割とよく採れる、とあるクラゲとよく似ているなと思いました。
こちらが似ていると思った「イチメガサクラゲ(撮影:黒潮生物研究所・戸篠さん)」です。透明な傘はもちろんですが、触手の先端が少し色づき太くなっており、送られてきた写真の謎クラゲと似ているような気がしました。わからないクラゲが採れたときは、いつも似ているクラゲから検索をかけていきます。
ということで、まずはこれを手掛かりに調べていきましょう! イチメガサクラゲが属する「イチメガサクラゲ科(Rhopalonematidae)」で検索です。
…すると、割とすぐに同じ姿をしたクラゲの画像を見つけることができました。鮮烈な赤色をした口柄、長い 4本の触手。あまりにも特徴的すぎて、ぱっと見でこのクラゲの仲間であると確信しました。和名のないTetrorchis erythrogaster という学名のクラゲで、どうやらアメリカのモントレー湾とかで観察されているようです。
次に、この Tetrorchis 属には他にどんな種が含まれるのかを調べていきます。すると、なんと一属一種! つまり、この世には Tetrorchis 属の仲間が T. erythrogaster しか知られていないということです。そうなってくると、送られてきた写真のクラゲは T. erythrogaster か Tetrorchis 属の未記載種かなーということになります。
なんか… 思ったよりもあっけなく正体をみつけちゃったな… と思いつつ、この魅惑の深海クラゲに心躍らずにはいられません。そして無事帰館した水中ドローン調査組から標本を受け取り、わくわくで観察していきます。


傘径は 1.5cmほど。クラゲにしてはそれなりの大きさです。残念ながら、長い 4本の触手は採集の衝撃でちぎれてしまったようですね。しかしこの印象的な赤色の口柄には驚きました。そして、画像ではわかりにくかったのですが、長い触手と触手の間に短い触手が 4本ずつ、合計 16本あります。

ちぎれてしまった 4本の長い触手に繋がる水管には、それぞれの途中に生殖巣(黄矢印)と思われるものが見られます。
インターネットで簡単に見つかったのもあって、世界的には普通に出現する有名なやつなのかな?と思っていたのですが、後々調べてみると、このクラゲを生きた状態で観察したことがある人はこの世に一体何人いるのだろう? というくらい、すごくめずらしいクラゲでした…。
…ということで! 前置きが長くなりましたが、約一年かけてついに! 本種についての論文が完成しました! ようやく世に出すことができて一安心です。
この論文は、いつもクラゲ研究でお世話になっている黒潮生物研究所の戸篠さんと、実際にこのクラゲを採集したFulldepthの伊藤さん、そしてクラゲ好きの渡部トリーターと共に作成しました。タイトルは「New record of the hydromedusa Tetrorchis erythrogaster (Hydrozoa: Trachymedusae) from Japan(日本初記録のホムラツノガサクラゲ(新称)(ヒドロ虫綱, 硬クラゲ目))」(https://doi.org/10.11358/biogeo.29.8)(無料で読めます!)です。
それでは、改めてこのクラゲについて紹介していきます。
学名:Tetrorchis erythrogaster Bigelow, 1909
和名:ホムラツノガサクラゲ(新称)
分類:ヒドロ虫綱 硬クラゲ目 イチメガサクラゲ科 ホムラツノガサクラゲ属(新称)
研究の結果、このクラゲは未記載種(新種)ではなく「日本初記録種」であることが分かりました。そのため、今回の論文には Tetrorchis erythrogaster が日本で初めて見つかったので、ついでにいろいろ調べたよ! ということが書いてあります。
そして、日本でも出現することが分かった T. erythrogaster に「ホムラツノガサクラゲ」という新たな和名を付けさせていただきました。本種の傘の形が日本の伝統的な笠である「角笠(つのがさ)」に似ていることから、また、燃えるように赤い口柄が、暗い深海で揺らめく「焔(ほむら)」を思わせることからこの名前を選びました。
ホムラツノガサクラゲは、1909年にアメリカの海洋学者であるヘンリー・ブライアント・ビグローによって記載されました。ビグローは、1904〜1905年の東部熱帯太平洋探検に参加し、その調査の結果を基にした論文『The Medusae』でクラゲ類の多くの新種を記載しています。その中にホムラツノガサクラゲ Tetrorchis erythrogaster も含まれており、当時のスケッチとともに記載されています。当時は 6か所の調査地点から 6個体が採集され、現在時はハーバード大学内にある博物館に当時の標本が所蔵されているようです。当時の標本、見てみたいなあ。
ホムラツノガサクラゲは、これまで東太平洋熱帯域(中米沖)や太平洋東部、地中海、インド洋などの深海からわずかに報告されていますが、論文にされている記録は数えられるほどしかありません。誰よりもドローンで深海を探検しているFullDepthの伊藤さんが初めて見たというので、本当にめずらしいクラゲなのだろうなと思います。水中ドローンで優しく採集しても触手がちぎれてしまう(※「自切」という説もあります)なら、古くからおこなわれているプランクトンネットでの調査では、採集されても全く別の姿として記録されてしまっていたのかもしれませんね。水中ドローンがある時代に生まれてよかったー!
それでは、水中ドローンで撮影された、相模湾産ホムラツノガサクラゲの超貴重な生きた姿をご覧ください(提供:FullDepth)。ちょっと画面が揺れますので、酔いやすい方はお気を付けて…!